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歴代の株式市場暴落を振り返る~日本経済バブル崩壊~

かつての日本経済のバブル崩壊を振り返ってみよう!

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株価が大きく下がった時、特に世界規模で全面安の展開となった時は、心が大きく揺さぶられますよね。

 

中には冷静さを失い、普段なら絶対しないような危ない行動を起こしてしまう人や、

完全に思考が停止して、頭が真っ白になってしまったという人も居るのではないでしょうか?

 

しかし、暴落というものは必ずいつかは起こるものです。

そして始めから暴落は起きるものだと自覚しておけば、それに対して事前に対策を練ることや、覚悟をしておくことができます。

 

そこで今回は、かつて起きた暴落の過程や原因を見ていきたいと思います。

歴史から学ぶことはたくさんあります。

 

…あと、私が歴史を見ていくのがただ好きだからという理由があります(笑)

 

過去の大暴落を振り返ってみよう

暴落というものは、数年に1度必ず起きます。

俗に言う「~ショック」といったものですね。

今回はその中でも特に際立ったものをご紹介します。

 

「日本経済バブル崩壊」です。

 

日本経済バブル崩壊(1990年~)

1980年代、アメリカは財政収支と貿易収支の赤字(双子の赤字)を抱えていました。

双子の赤字の原因にある貿易収支を改善すべく、先進5か国のG5(日米英独仏)にドル高・円安に是正するように協力を求めました。これをプラザ合意と言います。

 

このプラザ合意の結果、ドルの価値は安くなりましたが、相対的に円の価値は非常に高くなってしまいました。

円高になると輸出産業は大打撃を受けてしまいます。円が高いと、外国の国は割高になった日本の物を買わなくなってしまうからです。

この事が原因となり、円高不況を受けて倒産する会社が出てきました。

不況の波がやってきたのです。

 

そこで、この状況を打破するべく、日本の銀行の中枢である「日銀」が動きます。

日銀は、一般の銀行にお金を貸し出すという役割を持つ、日本の中央銀行です。

不況の対策として、日銀が取った金融政策は、一般の銀行にお金を貸し出す時の利息を下げることにより、一般の銀行がお金を借りやすくしてあげて、世の中にお金が回りやすくなるようにするというものでした。

この金融政策を「公定歩合の引き下げ」と言います。

その結果、それぞれの銀行は日銀から借りたお金を企業に貸し、そして企業は力を取り戻し、長期の景気拡大が始まりました。

金融緩和により、不況を脱することに成功したのです。

 

 

しかし、これが後に語られる事となる「バブル経済」の始まりだったのです…。

 

 

本来ならば銀行から企業に融資された資金は設備投資などに使われるものですが、

円高不況から工場や設備をすでに海外に移していた企業達は、余ったお金で土地の転売や株を買うことにより、資産をさらに増やそうと考えるようになりました。

企業の資金は不動産や株の「投資」へと向かい始めます。

 

当時は「土地神話」というものがあって、景気が良くなると、国土が狭い日本の限られた土地は、価値が上がり続けるという考え方が信じられていました。

値段が上がり続けるのであれば、その土地を人々は欲するようになります。

そして人々が欲するほど、その地価は上がっていきます。

その連鎖によって、狂喜じみた地価の上昇を見せ、

当時、日本の地価はアメリカの地価の4倍にまで膨れ上がりました。

「東京都の山の手線内にある土地だけでアメリカ全土が買えてしまう」と言われるほどの上昇を見せたのです。

 

 

一方、株式市場では、1987年に民営化したNTTが株式市場に新規上場をしました。

最初の売り出し価格は119万円でしたが、初日から買い注文が殺到し、わずか2か月ほどで300万を軽く超えていきました。

これを見た一般の人々は「株はそんなに儲かるのか」と感じ、今まで株などしたことのない人までもが株式投資に参加するようになりました。

すると需要の増えた株式市場では、たくさんの銘柄の株価が瞬く間に上昇していきました。

この後、わずか3年の間に日経平均株価は3倍もの値上がりをし、3万9000円近くまで上昇していくことになります。

株でも土地と同じように、多くの人々が欲するほどに株価はうなぎ登りに上がっていきました。

 

そうして「人々が欲するから価格が上がる」、「価格が上がるから人が欲する」…という連鎖を延々と繰り返し続け、

もはや土地も株も、実態の経済とは何ら関係のない所で価値が一人歩きするようになってしまいました。

実態のない泡のような経済、つまりこれが「バブル経済」です。

上がり続ける土地や株の値段から、人々の消費も進み、企業も潤い、給料も上がっていきました。

人々は泡のように膨らみ続ける幻の経済に、夢のようにひたり続けたのです。

 

 

しかし、その夢が覚める日がとうとうやってきます。

 

 

実態とかけ離れ膨らみ続ける経済に、 インフレ(物の値段が上がりお金の価値が下がり続けること)の危険性を感じた日銀と政府は金融引き締めに向かいます。

 

公定歩合の引き上げ」や「総量規制」などの政策を打ち立てました。

 

公定歩合の引き上げ」とは、日銀が一般の銀行にお金を貸す時の金利を上げることにより、お金を借りにくくして、世の中に溢れすぎているお金を抑えて、お金の価値が低くなるのを避ける政策です。

「総量規制」とは、銀行の、不動産業者に対する融資を制限するという規制です。

 

しかし、これらの政策は完全に裏目に出てしいました。

度重なる公定歩合の引き上げにより、急激な金融引き締めを行ったことなどが原因で、

1989年の最後の営業日(大納会)に日経平均株価が3万8957円の値をつけたのをピークに翌年から暴落を開始していきます。

企業価値とは関係ない部分で上がり続けた株価は急激に下げ始め、

その恐ろしい急落を目の当たりにした企業や個人は、保有していた株を投げ売り、恐怖が恐怖を呼び、わずか10カ月で2万0000円近くまで値を下げました。

 

一方、不動産バブルの方では、総量規制により、銀行からお金を借りて土地を買おうする人が減ったことで、以前は飛ぶように売れていた土地が売れなくなりました。需要の減った土地の値段は下がり続けます。

しかも、転売目的で地価が上がっていただけであって、元々その土地にはその値段の価値などありません。待っているのは暴落です。

 

そうなると、土地を転売するために土地を担保に銀行からお金を借りていた人達は返済ができなくなります。

価値を下げ続ける担保の土地と共に、銀行は大量の不良債権を抱えることとなりました。

そして、公定歩合の引き上げによって、銀行にお金が回りにくくなり、経営の苦しくなった銀行は企業や個人への融資を貸し渋るようになりました。

しかも、それ所か、危険を感じた銀行は自ら勧めていた融資を引きあげ始めます。

こうして、銀行からの融資が受けられなくなった企業は次々と倒産、個人は破産していきました。

さらに、不良債権を抱えた銀行や証券会社などの金融機関は、株や土地を売り払い、なんとか危機を乗り越えようとしましたが、次々と経営破綻へと追い込まれていきます。

バブル崩壊の余波は一般市民に普及していき、就職難、リストラ、給料の減額などに伴い、消費も冷え込んでいき、経済の循環は滞ってしまいました。

 

最悪の連鎖が起きてしまったのです。

 

バブル崩壊で失われた日本の資産は、一説によると約1500兆円にも登ると言われています。

その後、日本の景気は20年間に渡り、出口の見えないまま停滞していきます。

この期間を「失われた20年」と呼びます。

 

1989年につけた日経平均株価の高値3万8957円には、

30年近く経った今ですら、到達できる気配は微塵もありません。

この事からも、バブルがいかに異常な状態だったかを表しています。

 

まとめ

明らかに正気ではない熱狂の元に株価が上げ続けている時は、よく注意しましょう。

株式に限らず、普段投資をしていない人が市場に大量に入ってきた時は、

「終わりの始まり」となる場合が多いです。