サルでもできる株式投資方法

サルの私でもできた投資方法や心得を公開しています!

株式投資をしていると、人生は常に紙一重にあることを何度も思い返す

株式投資だって人生だって、ほんの些細なことで結末は変わってしまう

f:id:monkey-try:20180222031745j:plain

株式投資をしていて、よく思うことは、

「人生って、ほんのわずかな差で全く違うものに変わっていってしまうのだろうな」

ということです。

今日はそのことについてお話していきます。

今回は哲学的な話がメインとなっていきます。

 

目次

 

株式投資は自然と共通している性質がある

日々、株価のチャートを観察していると、人が持つ希望だとか願いを無慈悲に飲み込んで株価が下落していく様を見る時もあれば、逆に多大な恩恵を人々に与えている様子を見る時もあります。

人がどうこうコントロールできるものではないので、その性質は「自然」に近い部分があります。

自然は、地震や台風などの形になって猛威を振るい、人を傷付けることもありますが、

一方で太陽、海、森、大地などが生み出す恵みが、人に活力を与えることもります。

株もこれに似ている部分がありまして、付き合い方さえ間違わなければ

自然と同じように人の生活と共存していくことが可能です。

 

 

株式市場では予測できないことが頻繁に起こり得る

もう1つ、株と自然の共通している性質があります。

「完全に先を読み切ることは不可能」という点です。

これだけ科学が発達した現代においても、火山の噴火や地震の発生を予測することはおろか、天気予報ですらよく外れます。

株式市場でも同じように、大体の流れを掴むことはできても完全に未来を見通すことは、まず不可能です。予想できない事は頻繁に起こります。

 

さて、ある銘柄のチャートを見てみましょう。

f:id:monkey-try:20180221211411p:plain

この銘柄は、先の急落において、直近の高値のAのポイントからBのポイントまで、わずか6営業日で30%も株価が暴落しました。

この間に決算発表があり、その内容も決して悪いものではなかったにも関わらず下落は止まりませんでした。

この銘柄を高値で買っていた人の中には、この大幅下落に絶望を感じたり、売却せざる得ない状況に追い込まれたという理由から、安値でこの銘柄を手放した人が居るはずです。

その人達はこう思ったはずです。

「まさか、こんなことになるとは…」と。

 

一方で、私はこの銘柄を株価が下落したあとに購入いたしました。購入理由としては

「短期間で異常に売られ過ぎていること」、

時価総額が小さく成長性が高いので、伸び代があるこの銘柄を狙う人間が出てくることが高確率で予測できる」、

「これ以上、株価が下落するようであったとしても、たかが知れているのでダメージを負うとしても最小で済む可能性が高いし、その時の対策は考えているので構わない」

などなど、理由を挙げようと思えばいくらでも挙げることができます。

 

しかし、この思惑は良い意味で裏切られます。

 

私がこの銘柄を購入した日の市場終了後に、この企業は新興市場であるマザーズから東証一部へ市場を変更することを発表しました。

株をやらない人のために簡単に説明しますと、大体の傾向として、他の市場から東証一部に昇格することが決まると株価がグンと上昇することがあります。

野球で言うと、メジャー昇格みたいな感じだと思って頂ければわかりやすいかなと思います。

だからこの市場変更は、良い発表だったわけです。

私にとっては全く計算外のニュースだったので良いサプライズとなりました。

 

そして翌日、株価はストップ高(その日の上限まで株価が上がること)を記録し、大きく上昇しました。

f:id:monkey-try:20180221213804p:plain

私が、この銘柄を購入したポイントがCの部分です。そして次の日にストップ高となった株価がDとなります。

パーセンテージで言うと1日で18%株価が上昇しました。

この前日に私がこの銘柄を買ったのは、たまたま運が良かっただけで実力でも何でもありません。

 

わずか10日程度の間に、絶望的な状況に追い込まれた者が居る一方で、つきすぎるほどの幸運を掴んだ者も存在するわけです。

この差は、一体何なのでしょう?

 

実は、株も人生も紙一重の連続で成り立っている

底で売ってしまった人と私とを比べても、実はたしいた差はありません。

あったとしてもそれは本当にわずかなものです。

たまたま私が購入したタイミングが良いニュースと重なったという、それだけのことなのです。

6営業日で30%近く下落した株価が、そのあと一週間もかからずにほぼほぼ回復していくなんて誰も想像できるはずがありません。

 

そして株式投資をしていると、こういうことに遭遇する場面が実に多いのです。

「本当にわずかな差で、まったく結末が変わってしまう」ということが。

 

そういう時に私は、自分の力ではどうすることもできない「何か」があるということを感じ、そしてそれは人生にもおいても存在しているということを思い返すことがあります。

 

私が子供の頃にあった出来事で、こんなエピソードがありました。

 

一週間の運命のズレ

小学生の頃、私は友人達と遊園地に行く計画を建ていました。

ある日の日曜日に行く予定だったのですが、

友人のB君が「サッカークラブの練習でその日だけはいけないから、

一週間前の日曜日に予定を早めてくれないか?」と要望してきました。

 

そのB君は、サッカーがうまくて将来サッカー選手を目指していました(残念ながら成れませんでしたが)。

B君は毎週サッカーの練習があって、なかなか予定を空けられなかったので、皆と遊園地などに行く機会が中々ないこともあり、

私たちはB君の予定に合わせることにして、遊園地に行く日を一週間早めることにしました。

 

そして私たちは一週間予定を繰り上げて遊園地に行き、たくさん遊びました。

小学生にとって遊園地はとても楽しいものです。

中でも、皆が気に入ったのが小型のジェットコースーターでした。

並んでいるお客さんが他に居ないこともあり、そのジェットコースターに何度も何度も、一日中繰り返し乗っていました。子供は同じことでも何回も楽しめるものです。

私はどうもジェットコースターが苦手なので、付き合いで1、2度乗ったあとは

友人たちが乗っている姿を地上から眺めていました。

人がひたすら何度もジェットコースターで楽しんでいる様子をただボケ~っと見ている行為は、非常に退屈でした(笑)

そんな風にして私たちは遊園地で過ごしました。

 

 

その事件は1週間後の日曜日に起こります。

 

 

自宅で晩御飯を待っている時に見た夕方のニュースで、テレビに私が行った遊園地が映っていたのです。内容は

 

 

 

「ジェットコースターが故障し、乗っていた乗客が死亡した」です。

 

 

 

私たちが乗っていたジェットコースターで事故が起きたのです。

私は、当時小学生だったので「うわ~、怖いなぁ、危なかったなぁ」くらいにしか思いませんでしたが

大人になるにつれ、その時のことを思い返すと「紙一重だったのではないか?」とゾッとすることがあります。

 

もしB君があの時、予定を変更するように頼んでいなければ…

もし私たちがB君の予定に合わせようとしていなければ…

もし普段忙しいB君が遊園地に行くことに参加していなかったら…

もしB君がサッカーをやっていなかったら…

もしB君が同じ小学校に通っていなかったら… 

もし…

 

その数えきれないほどの「もし」の中の1つでも欠けていたら、私達の人生は今とはまったく違ったものになっていたのかもしれません。

 

普段は気にすることはないけれど、私たちの周りは些細な事の連続で成り立っているのだと思います。

ほんのわずかなことの連鎖によって、自分が思いもしないような何かが、きっとどこかで起きていて、

当たり前だと思って生活している「今」そのものが、実は紙一重の危ういものなのかもしれません。

 

紙一重を創り出して運命を変える

日常生活では、こういった事が可視化されるということがまずありませんので、

なかなか気付けないのですが、思い返してみると人生は全て紙一重の連続だと思うのです。

すべての偶然が連鎖して複雑に絡み合って、今の事象を成しています。

 

これら全てをコントロールすることはまず無理なことです。

それでは全てを諦めて身を流れに任せるべきかというと、そういうことではありません。

 

個人のレベルでも紙一重程度の事象なら起こすことができます。

しかもその紙一重は大きく人生を変えていく可能性があるのだから

ある程度なら、運命は変えていくことができるかもしれないというわけです。

 

それが身を結ばないこともあるだろうし、

全く別の要素によって全てを壊されることもあるかもしれませんが、

自分の運命を良い方向に変えることができるかもしれないと感じることであれば

やってみる価値はあると思います。

 

株でも同じですね。全てをコントロールはできないけれど

自分に取って良い結果となるように、 行動をとっていくことはできるはずです。

株のブログですので、株に話を繋げましたが(笑)

 なんだってそうだと思います。

些細な事だって良いのです。

「運動不足だからちょっと体を動かそうかな」とか、「夜ダラダラ起きているのやめてみようかな」とか、そんなことだっていろいろ変わってくるかもしれません。

「あの人に会いに行こう!」「あの場所に行ってみよう!」なんてことも良いですね。

自分でできる範囲の小さなことですら、きっと後々の人生に何かしらの影響が出てくるのでしょう。

 

そのあなたの行動は、この世界のどこかに、わずかであっても何かしらの影響を及ぼしているはずです。

 紙一重の連続が及ぼす影響は、私達の想像以上にとてつもなく大きいのです。